末法

なぜそんな説を採用するのか?
ちょっと考えると「不思議な事だなぁ」と思い
視点を変えて調べだすと「あれれれれ?」とも思うような事。

どれだけ自分自身の事として
腑に落とせている人材がいるのだろう?

どれだけどんな理屈を引っ張ってきても
自分自身の事として腑に落ちていないならば
それは一念三千の理の面を言っているにすぎない。

例えば末法思想というものを
大集経に書いてあり日蓮大聖人が採用したから
私は自分自身の事として信じる

というだけでは理も事も弱い。

私なんかはずっと「本未有善と本已有善?
正法像法時代には久遠に下種を受けた人間が生まれ
末法の時代には久遠に下種を受けた人間は生まれない?
理科的に見て、DNAのスイッチでも一斉に切り替わるとでも言うのか?
あるいは、社会的な事情なら、人間自身の根が無くなるような言い方は違うのではないか?
あるいは、正法像法時代に久遠に下種を受けた人間たちは涅槃に入り成仏しきったというなら、具体的にどの人たちだというのか?
あるいは、もっと法の本質的な事として意味があるのなら、誰がそれを腑に落とす技を伝授してくれるというのか?」

実際に触れられる人間関係の中で
私にそれを納得させられるほど
法を自分自身の事として腑に落としている人間に
私は長らく、会うことが出来なかった。

本当の仏法に出会うことは、かくも難しいのだ。

そもそも末法思想というものは
正法500年、像法1000年説と、正法・像法ともに1000年説があり
それぞれ552年が末法元年、1052年が末法元年になる。

中国では天台大師智顗の師である慧思が
558年に「南岳思禅師立誓願文」で
552年を末法元年とする
正法500年・像法1,000年・末法万年と年限を決定している。

本未有善と本已有善というのは
法華文句十上の「本已に善有り、釈迦は小を以て
之を将護したもう。本未だ善有らざれば、不軽は
大を以て強いて之を毒す」から来ているようだ。

日本では専ら正法・像法ともに1000年説が採用され
1052年が末法元年とされている。

中国の自覚の上の末法において天台大師智顗が
法華経から理の一念三千を取り出だし

日本の自覚の上の末法において日蓮大聖人が
法華経から事の一念三千を取り出だしたことになる。

いずれにしても正法が失われる危機感から
思想が入り乱れると同時に
仏法再興への機運が高まった時とも言える。

そのようなものであるからといって
ではどの末法思想が整合性があって、
あるいは末法思想自体が後付けで間違いで
現代では通用しないとかいう論議
理も事も弱い思考概念のものである。

実のところ「観」において
本当の仏法に巡り合うのは極めて難しいが
「止」においては
確かにいつでも間違いなくある。

あなたはそれを得ていないから特別な修行が必要だというのではなく
本当は誰もが経験しているから、気づいて下さい、だ。

ともあれそれが、どのようであれば
「徳」として樹立されるか?

誰しもが誰に強く導かれなくとも
自ら求めて真理を探求している時には
誰にも邪魔をされない場所を提供できる者が
徳有るものとして認められるかもしれない。

普段は普通の生活をしながら
時として遠路はるばる法を聞きに来る者がある時には
一切法空にあって、魂に安らぎを与える者が
徳有るものとして認められるかもしれない。

だが、行きつく先に危険な兆候が見えている思想を
人々がそうとは知らなかったり抗う術を持たず諦めている時
止観を随自意のレベルで実現していかなければ

来るものだけを救っていくだけでは悪が止まらないと知りながら
国が亡ぶのを指をくわえて見ているとしたら
どうしてその者に徳があると言えるだろうか?

究極するところ観において
本当の仏法に巡り合うために
師弟不二の自身に本当に深く気づくこと以外に
どんな方法があるというのだろうか?

仏法の論難である
興味があるないの話ではない。